おひとり様の乳癌闘病記

2020年7月に乳癌診断うけ、1年の代替療法で悪化、2021年5月から西洋医学のお世話に。

私の乳癌は予後不良なのだそうです。

12月に左胸乳がんを全摘してもらい、その病理検査の結果が以下の通り。

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本日、まじまじとこの最終報告書を見て、Grade 3との記載を調べてみた。

組織学的グレード分類,核グレード分類のいずれも最終的に三段階に分けられており,低異型度のグレード1の乳癌は予後良好で,グレード2は中間,高異型度のグレード3の乳癌は予後不良である。

総説3 浸潤性乳管癌の病理学的グレード分類 | 乳癌診療ガイドライン | 乳癌診療ガイドライン2018年版

5年生存率は80%ほど。5人に1人は亡くなる。

残りの4人も健康的に生存しているのかどうか。

トリプルネガティブ乳がんはそもそも予後不良と言われてるのですが、それに加えてグレード3。

予後不良のダブルパンチ(トリプルネガティブ+Grade 3)で、落ち込みそうになります。

精一杯、生きたろう。

昨年から時々読んでる辻仁成さんのブログに良く書かれている言葉「精一杯生きたろう」と思って生きようと思う今日この頃。

JINSEI STORIES | Design Stories

辻仁成さんがどういう気持ちでこの言葉を言っているのかは分かりませんが、私が「精一杯生きたろう」と思うようになったのは、生きることへの絶望の淵から叫ぶような思いからでございます。

もしかしたら辻仁成さんも、三島由紀夫さんのように生きるのに飽きてしまった感覚に到達して、精一杯生きたろうという心境になられたのかなと推測してしまうのです。

 

どうせ死ぬのに何故生きる必要がある?意味ある?

いくら徳を積んでも、私の魂の手柄としてポイント加算されず、宇宙の手柄としてお返しするだけだし。

勉強して資格を取ったり、努力して出世しても、来世に引き継げないので、それらの頑張りも全て霧散するのに。

どうせ死ぬのに、毎日、植物や動物の命を奪ってまで生きるのは何故?

12月に手術した後から、鬱っぽくなり、生きる喜びが感じられなくなったのは、手術中に、私の魂に過去世も来世もないことを知ってしまったからだろう。

「私の過去世は○○で~」「私とあの人はソウルメイトで、ツインソウルで~」

それは、今ここでのバイブレーションが過去の誰かさんの人生のバイブレーションと共鳴しているだけで、それが過去世ではない。

ソウルメイトやツインソウルが本当かどうかについては、Yes and No。

なぜなら、人類全てがツインソウルでありソウルメイトであるため、誰か特定の人が特別な魂であるとは言えない。

とはいえ若干は魂の密度加減により、ご縁に差があることは否めないが。

今、私は、祖先から受け継いだDNAから成る肉体に宿り、ここから世界を見ている。

宿っている魂は神のエネルギーだけど、この肉体を構成するDNAから性格やら嗜好やらに特徴づけられた条件の中で、この肉体から感じる世界を経験している。

どんなに苦しみのたまって死ぬことになろうが、死ぬその日まで生きることが使命なのだろう。

それなら、「精一杯、生きたろう」と、そう思うのです。

そして、以下の南雲先生のインタビュー記事を見て、再度「精一杯、生きたろう」と思ったのです。

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