おひとり様の乳癌闘病記

2020年7月に乳癌診断うけ、1年の代替療法で悪化、2021年5月から西洋医学のお世話に。

病気も災害も、人間の恨みや想念の蓄積、邪気が溜まった結果

スピリチュアルなことや陰謀論やら好きな割に、信仰心があまり育ってない私。

祈りのパワーというものを信じきれないでいる不届き者の私ですが、祈りを中心に活動されている団体(宗教ではない)のお話しを聞いてきました。

病気も災害も、人間の恨みや想念の蓄積、邪気が溜まった結果であるそうです。

体に邪気が溜まると病気に、人々の想念に邪気が溜まると災害といった形で現れるのだそうです。

病気や災害を避けるには、邪気を成仏させるような活動が必要になります。

それが祈りです。そしてお祓いです。

地震が来ても人的被害が少なかったりするとき、大地震が来るはずの場所がさほど揺れなかったとき、その背後には祈りがあるのです。

私のような一般人は、「大地震きたけど被害者少なくて良かったね」、「大地震来るといってたのに来なかったね」、「ノストラダムスの大予言で地球が終わると言ってたのに終わらなかったね」と、結果が小難であったことを感謝するより、「なんだ、怖がらせた割に大したことなかったじゃん」と認識しがちです。

本来、大難だったはずの病気や災害が、小難で済んだとき、背後に人々の祈りがあるらしいのです。

祈ってる方々は誰にも感謝されず認められることもなく評価もされません。

本当はすごいヒーローなのに、誰も祈り人に気付きません。

祈りの道というのは、影のヒーローなのに、本当に地味な世界なのですね。

 

目の前の人のネガティブな言葉で、この人は嫌いだと判断しがちです。

その人のネガティブな言葉を、その言葉通りに受け取るのは愚かな行為だそうです。

その言葉にネガティブに反応するとき、自分の中にもその同じネガティブな種があるのです。

目の前の人というのは、私の写し鏡。

目の前の人のネガティブを昇華させることで私も救われるのです。

その人がネガティブな言葉を発したとき、その方のことを深く理解すると、本当に言いたいこと叫びたいことは違う言葉だったりするのです。

心の傷が深ければ深いほど、愛を試すかのようにネガティブな言動をするものです。

その方の背後にたまったネガティブなエネルギーを昇華させるよう、祈るのです。

その方への理解が深まったとき、その方はやっと落ち着き始めまます。