お一人様の乳癌ステージ4トリプルネガティブ

2020年7月に乳癌診断うけ、2021年5月にステージ4(末期癌)診断

秋分の日の夜、安全基地に戻れました。

25歳まで、母から暴力や暴言により心身を傷つけられてきました。

ホメオパシーの先生に「一度も爆発しなかったの?」と聞かれた。

親の庇護がないと生きれない状態で、反抗するなど怖くてできない弱虫な私。

子供であっても自己主張できるハラの据わった人もいますが、私はオドオド、ビクビクとした反応しかできませんでした。

なので、一度も母に爆発してやり返すことをしたことがなく、絶望した目で悲しい山羊のような日々を過ごしていました。

25歳で家を出て母の呪縛から離れて25年が経ち、50歳になりました。

鬱積した感情を爆発させたり、外に出したりせず、体の中に溜め続けた結果、私の左胸、心臓の真上にある部分が、乳癌という形で爆発しました。

皮膚を突き破り、火山のように盛り上がり、噴火口から浸出液や血液をドクドクと流し続けています。

それを数時間おきに、ガーゼ交換・尿取りパッド交換、している状態です。

精神科医岡田尊司先生の本で『ネオサピエンス・・』と『母という病』の2冊を読みました。

岡田先生によると、子供時代に安定した愛情に恵まれた安全基地がない状態で育った人は、愛着障害というものにかかっており、人とのコミュニケーションがうまくできなかったり、ADHD、鬱、自殺といったことと関連が深くなっているのだそうです。

また安全基地をもたないがゆえ、何かにすがりたく、カルト宗教やドラッグの餌食になりやすいのだそうです。

私の場合、スピ系セミナーにはまったのが、これに当たるのではないかと思っています。

安心感の乏しい環境で育つと、人に甘えられず、よそよそしくしか人付き合いできなかったりするそうで、まさに私!という感じです。

どうせ誰からも愛されないと思っているから他人に対して斜に構えた態度になったり、辛辣なことを言ったり、嫌な態度を取ってしまうことも多々ありました。今もあるでしょう。

すると、本当は友達が欲しいのに誰も寄り付かなくなる。

話しかけたい人がいても、邪見にされたらと思うと怖くて、まるで他人に無関心なふりをして、人から声をかけてもらえるまで知らんぷりしたり。

今はスマホのおかげで、ますます人とコミュニケーションしなくて済むようになり、とても楽ですね。

欲しいものはネットで買えるし、道に迷ってもスマホが導いてくれるし、生身の人間に思い切って声をかけるような事は皆無になってきました。

これは私だけでなく、現代人全員がそんな状態に慣れて、厄介な人間関係よりスマホだけでスマートに生きるのが現代社会のようになってきてますね。

そうやって、スマホで生活が便利になればなるほど、出生率が落ち、自殺率があがりという事態が起こっています。

スマホで便利になればなるほど、人間は、愛着障害を起こすです。私のような幼少期を過ごしていなくても。

岡田先生の本の中に、愛着障害にどう対策したら良いか、以下のように書かれていました。

1)愛着は相互的な現象なので、人でも犬でも愛することで、その存在と安定した愛着を育むことで愛着の傷を癒し、乗り越える。

2)ノートに傷ついた思いを言葉にして語りつくす。何度も繰り返すと、親を肯定的に感じられるようになる。

3)親のことを許すことができたとき、全ての人に大きな肯定を手に入れることが出来る。

子供は親を許したい。

親のことを恨み続けることは否定を抱えながら生きるようなもの。

自分の一番大切だった人を否定することほど悲しいことはない。

子供は親を憎みたくなんかない。

ただ親を愛したい。

親に対する否定的な思いが薄らぐにつれ、他人にも優しくなれるようになる。

自分に対しても肯定的になれる。

そのとき、自分を苦しめてきたものさえ、大切な宝物になる。

 

9/23(水)秋分の日の夜、私はソファで読書しながら母のことを考えた。

神様の力が働いたとしか思えないが、母が私を産んだ時の喜びと愛情を感じた。

母だけでなく、父の愛情も。弟の愛情も。

脳裏に浮かぶのは、4人家族で狭い団地のちゃぶ台でご飯を食べているときの様子。

母も父も弟も私も、それぞれエゴがあり、エゴ同志はお互いに不愉快にさせるような動きで漂っている。

でも、エゴがユラユラ蠢いている場所から深く下に潜ると、母も父も弟も私も、完全な安全基地で静かに漂っていた。

愛情エネルギーだけの静かな場所。

私はこの4人家族の愛情のエネルギーのある安全基地に所属する存在で、家族全員のことが大好きであることを強く感じました。

エゴのゆらめく次元に上がっていくとぶつかるけれど、根底では安全基地にて愛にてつながっていることを感じて、なんだか涙があふれたのです。

そして心臓のあたりのエネルギーに喜びと温かみが出てきました。

秋分の日のエネルギーと神様のお力により、一歩進めたような気がします。