おひとり様の乳癌闘病記

2020年7月に乳癌診断うけ、1年の代替療法で悪化、2021年5月から西洋医学のお世話に。

鍼灸・マッサージを受けました

音響チェアつながりで見つけた鍼灸・マッサージに行ってきました。

前回は音響チェアしか座らなかったのですが、そこの先生と少しお話しして絶対スジが良さそうでしたので、今日は施術をお願いしました。

色んな奇病難病の患者さんを診てこられおり、脳梗塞やら癌クリニックなど様々なところで修行を積まれたベテランの先生です。

この先生が仰るには、難病患者の多くが心理的な葛藤が元で病気になっているとのこと。

私もまさに、心理的なトラウマ、葛藤が病を作りだしたと思っています。

食事は玄米採食を中心に気を付けていたほうだし、暴飲暴食もめったにしないし、瞑想やクリヤヨガなどサトヴィックなライフスタイルもあり、ハイヒールもはかないし、下着は鼠径部そ締め付けないふんどしパンツだし、ブラジャーは長年してないし、乳癌になる原因がどこまでもない暮らしぶりでした。

精神状態も落ち着いていて、毎日幸せだな~と思って暮らしてました。

そこへ、乳癌トリプルネガティブの診断。乳癌のタイプとしては一番悪性度が高く、高速で、標準治療しても再発しやすい癌でした。

本当に青天の霹靂。

なんで?!意味がわかりませんでした。

でも、私の人生のカルマである「女難」で長年、そして今も多少なりとも苦しんでいることに気付きました。

この「女難」以外に、癌になるような大きな原因はないと思われます。

まずはバーストラウマ。母の産道で何時間も頭を挟まれたまま、母子ともに死にそうになりながら生まれました。

そして、生後はお乳を飲む力も離乳食を食べることもなかったので、母はものすごいストレスを感じてたようです。

母は電車で5時間くらい離れたド田舎から、京都に嫁入りしました。

そこには父の両親、父の姉妹が住んでいました。

知り合いも誰もいない町で、見合い結婚した愛情のない夫、舅、姑、小姑二人の家族で暮らすなか、私を難産の末、出産してくれました。

その私も、お乳を飲まない赤ちゃんで、母の胸には母乳がパンパンに溜まってはちきれそうで大変だったそうです。

母のストレスは相当なものだったと思います。

そしてそのストレスの捌け口は私しかいなかったのです。

24歳で私を産んで、見知らぬ土地、他人の家族との生活。想像しただけでも耐えれそうにありません。

私が25歳で実家を出るまで、母からずっと虐待をされていました。

「事実は小説より奇なり」という言葉通り、人に言っても信じられないような攻撃を25年間、心身に受け続けました。

私はとにかく死なないように、無事に生き延びることしか頭になく、25歳で脱出できました。

あれから25年たちました。

母と過ごした25年。母と離れて過ごした25年。

25年も離れていると、もう他人と同じで、母が私と会うときはお客様扱いしてくれ、昔の地獄絵図のような光景は、まるでなかったかのようです。

私自身も母への感情的な葛藤は感じず、同情と愛情と感謝しか感じないようになりました。

この50歳の節目で、私は病気をきっかけに生まれ変わるのだろうと思っています。

50年間を俯瞰して見ると、私は母を助けるために生まれてきたんだろうなと思うのです。

母の人生はつらいことが沢山あったこと、容易に想像できます。

学校時代もあまり友達がいなかったようだし、かなりの貧乏だったみたいだし、ド田舎の密接な人間関係の苦しさ、そこから逃げるために都会の夫と見合い結婚してもまた大変で、そんななかで、よく育ててくれたと思うのです。

私はきっと母の苦しみを吸い取ってあげるためのスポンジのような存在で、その役割をすることを条件に、この世に生まれる許可をもらったのだろうと思います。

そんな厳しい条件でも、この世に生まれたかった。

今では母は私のことを誇りに思ってくれています。

東京で経済的にも自立して、立派に社会人として世の中に貢献していることを。

乳癌の原因は、現在の母との関係が直接の原因ではなく、子供のころに満たされなかった思いを、母くらいの年代の別の女性に投影したところにありました。

この女性がスピリチュアルセミナーの先生です。

私の価値を認めてほしくて、その私のエゴ臭を鋭く嗅ぎ取っては邪見に扱われ、

本当は私を特別に扱ってほしくて、私を愛してほしいけど、先生の口から出る言葉は私への辛辣な批判、褒めるときも根底にバカしている意識が垣間見え、その都度、私の心は落胆、悲しみ、怒り、恨みを感じていたのです。

この先生のセミナーに通い始めて、約20年。

挙句の果てに、「もうセミナーに来るな」と破門までされました。

理由は全くの不明。破門が解除された理由も不明。

乳癌の直接の原因は、この破門事件です。

セミナーに行くことで、教えてもらって、という時代から卒業すべきときだと、蹴っ飛ばしが来ているような気がしています。

・・・こんな話を鍼灸の先生にお話ししながら、治療を受けました。

背中に何か所か鍼灸していただくと、鼠径部がブァっと熱くなり、乳癌部分がブァ~と熱くなりました。

心の悲しみが体の冷えとなり、乳癌に溜まっていたのではないかと思われます。

鍼灸の先生も、いろんなグルや先生に弟子入りされて、その手の集団内の人間関係、序列などで生まれる葛藤を何度も見てこらたとのことでした。

日本でも何冊も本が出ているようなスリランカのお坊様のところの集団も、愛・平和・祈りのコンテンツは素晴らしいものの、内部の人間関係は分裂して荒れていたりで、これはどの集団でもだいたい似たり寄ったりだそうです。

なので、私もスピリチュアルセミナーの先生との相性とか人間関係とかそこにとらわれず、良い教えのコンテンツだけをダウンロードさせていただくだけのツールとして活用する位置づけで考えるようにしようと思いました。

そんな話を色々して、その後、音響チェア1時間半座りました。

帰宅して体温測ると、37.7℃。

免疫めっちゃ上がってます。